意を決して絵本塾に
――食いしん坊なお化けの子、ばけたくん。真夜中の台所にふわふわ現れ、つまみ食い。キャンディー、いちご、スパゲッティー。食べると、あら不思議、食べたものに化けちゃった! 美味しそうな食べ物と、化けっぷりが楽しい、岩田明子さんの『ばけばけばけばけ ばけたくん』(大日本図書)。お化けの話は数あれど、食べたものに変身するものはめずらしい。
そうなんです。作る前に他にもあるかどうか調べてはいないんですけど、なくてラッキーだったなと思いました。小さい頃、あまり絵本を読んだことがなくて、子どもが生まれて図書館に行くようになって初めて、こんなに面白いものがあるんだと知りました。それもたくさん! 毎週借りてきて読んでいるうちに、私にも描けるんじゃないかって思っちゃったんです(笑)。
美大を出て、グラフィックデザインの仕事をしていましたが、絵で食べていきたいと思っていたこともあって、意を決して絵本塾に通い始めました。最初にラフを提出する時、どんな話にしようかなかなか思い浮かばなくて、これはまずいぞと。時間もなくて、当時、息子が寝る前に話していた自作の「おばけのようちえん」の話を活用することにしました。
――昼間は人間の子どもたちが通う幼稚園に、夜、お化けの子どもたちが集まっていたずらをするというお話。主人公は「ばけたくん」。他にもいろいろお話を考えた中、一番長く続いたのが「ばけたくん」で、150話以上にもなっていたという。
主人公は「ばけたくん」にして、内容は自分が描いていて楽しいものがいいなと。ふと、子どもの頃に一生懸命描いていたスパゲッティーナポリタンの絵をまた描いてみたい!と思ったら、ナポリタンとばけたくんがパッとつながって、食べ物に化けるお化けの話になりました。息子が食いしん坊だったので、彼がモデルになっているところもありますね。
どんな食べ物に化けるかは、自分が小さい頃に好きだったものや、子どもが好きそうなものを考えました。納豆は外せないなとか、ソーダもぜったい入れたいなとか。納豆のネバネバ感や、ソーダのシュワシュワした感じとか、ページごとに差がつくように意識しながら、化ける時は体がムズムズする、ゾワゾワする感じを表現したいと思いました。
「ばけたくん」の完成前に別の作品でデビューが決まり、絵本塾は卒業することになりましたが、講師の小野明さんに見ていただきながら手直しを続けて、4年後に出版が決まりました。
――ペロペロキャンディーの次はイチゴ、イチゴの次はキノコと、次々と食べては化けていく、ばけたくん。次は何に化けるのだろうという楽しみの一方、化けたときに前に化けたものが少し残っているところがまた面白い。
食べた後、パッと変わってしまうのではなく、なんか前の食べ物が少し残るんじゃないかなと思ったので、そうしました。でも、子どもは「完全に化けられていない」と捉えるようで、そこが楽しいみたいですね。ちょっと失敗しちゃったって。自分と似ていると思うのか、共感するみたいです。食育のつもりはなかったのですが、「ばけたくんも食べてるから食べてみよう」と声をかけると食べてくれるという話も聞きくので、思わぬ効果があってうれしいですね。
食べ物の絵を描くのは楽しいです。初めて描くタイプのものは、最初は不安なんですけど、うまく描けたときは、お、なかなかいいなぁって(笑)。麺類とか細かいものは楽なんです。コツコツ描いていけばそれなりになるので。ペロペロキャンディーや納豆は何度も書き直しました。飴の質感とか、納豆の粘ってる感じを出すのが難しくて。納豆はあんまりリアル過ぎても気持ち悪いし。匂いを感じられるぐらい美味しそうに描けたときはうれしいですね。
ばけたくんが世界を一周!?
――2009年の初版から11年。現在8作の人気シリーズになった「ばけたくん」。最初は人間の世界に出てくるお化けの話だったが、ばけたくんの家族や友だちが出てくるようになる。
最初のシリーズは食べて化けるだけ、小さな子でも楽しめるシンプルなものですが、最後に消えるというオチがあります。どんな食べ物だったら消えられるかを考えるのが大変でした。消えなくても済むように、もう少し年齢が上の子向けに、ストーリーで読ませるものを作りませんかというお話をいただいて、家族や友だちが出てくるお化けの世界のお話になりました。
ストーリーがあるものも、1冊に3回くらい化けるシーンを入れないといけないので、そこも考えながら物語を作るのに苦労しています。でも、友だちや家族が出ることで世界観が広がって、自分でも思いもよらぬ進展で楽しいですね。
――ばけたくんは岩田さんの息子さんにとっても、母との大切な思い出が詰まったキャラクターだ。どんな思いを持っているのだろうか。
最初の頃は「1作目を超えるものは作ってない」みたいに言われました(笑)。今はどう思っているのかなぁ。「誰でも描けるっていうのがよかった」という話は時々しています。いわゆる「お化け」の形。シンプルにしたことで、いろいろアレンジできるし、ワークショップでも子どもたちが工夫しやすいみたいで、思い思いのばけたくんを楽しそうに描いています。寝る前に話していた「ばけたくん」が実在するみたいになって、不思議な気分ですね。出世したなって。
こんなに続くなんて思ってもいなくて、最初の1冊に描きたい食べ物は入れてしまったので、ネタ切れです(笑)。これもやっちゃった、あれも使っちゃったっていうのが結構あって。3歳くらいの子どもがみんな知っていて、色がきれいで、描いてて面白いというのがなかなか思いつかなくて。編集者さんと、ばけたくんが世界一周旅行に出かけるのはどうかと話したりしています。世界のいろんな食べ物を描いてみるのも楽しそうです。